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2014.11.27

 おはようございます皆様。もう紅葉狩りには行かれましたでしょうか。

 

 11月もあっという間に過ぎてしまい、いよいよ年賀状の準備をする時期になって来ましたね。最近10時半には就寝している健康的な男斉藤です。

 

 私の娘は現在小学校2年生。

 

 学年的にも学校の授業ではもっぱら「九九」いわゆる掛け算の勉強をしている様子です。

 

 3か月前、そんな娘の為に妻がお風呂場に九九の書かれた「お風呂場シート」と言う、撥水素材の風呂場のタイルに引っ付く100㎤程のシートを購入してきました。

 

 このシートが果たして娘の勉学の足しになっているのかどうか私は確認した事が無いのですが、それでも足りないと思った妻が、今度はトイレに自由帳を破って作った手書きの九九の紙を張り出しました。

 

 「おお。頑張って踏ん張ってる時も踏ん張って頑張らすのか。

 

 と深く考えず感心した私。

 

 汚い話になってしまうのですが、私、大(うんちゃん)のほうは御陰様で野菜ジュースを取らずとも快適生活を送らせて頂いているのですが、先日何年ブリッかにお腹が痛くなって久しブリッにトイレに閉じこもりました。

 

 そして娘の気持ちに少しでも触れてみたい衝動で、何気に踏ん張って頑張ってる最中に頑張って踏ん張るシートを見てみました。

 

 1×1 いんいちがいち 1×2 いんにがに・・・

 

 九九の式と読み方が所狭しと書かれたな紙。妻の子への愛情を感じながらふんばりつつ順を追って見ていると、途中でその「読み仮名」に少しおかしな所を発見しました。

 

 1の段と2の段オッケー。3の段もオッケー。

 

 4の段。

 

 4×1=4 しいちがし 4×2=8 しにがはち・・・・ 4×8=32 しはさんじゅうに

 

 しは

 

 「しわ」じゃなかったっけ。

 

 そして6の段。

 

 6×1=6 ろくいちがろく 6×2=12 ろくにじゅうに・・・・ 6×9=54 ろくっくごじゅうし

 

 ろくっく。

 

 ろくっく何それ。

 

 8×3=24 の「はちさんにじゅうし」これは我慢できる。ハッサンじゃなくてもいい。

 

 同じ理由で「はちし」も許そう。「ななじゅうに」じゃなくて「しちじゅうに」も確かにありえ得る話さ。

 

 ろくっく。

 

 ろくっくだと。

 

 そこはロックちゃうんかい。

 

 そしてその日から私の中でその現代風(なのか)の九九の呼び方がどうしても腑に落ちず、朝起きて顔を洗う時から寝る直前まで頭から離れませんでした。

 

 皆様も御存じのように九九にはテンポ。そう、口ずさむ時リズムも重要になって来ます。

 

 幼少の頃から人一倍くだらない事が大好きだった私は、そう言った暗記問題、九九や元素記号や円周率などの暗記をする時、作曲「エンジェル高波(旧姓)」により素晴らしい旋律の曲を組み入れてました。

 

 すいへ~りいべ~ぼくのふね~ そっと港を出て行くよ~ ななまがりしっぷす・・・

 

 今思い出せば、何故そのまま自分を信じてそちらの道に進まなかったのか後悔しか出てきません。

 

 そんな中、九九の歌も作っていました。

 

 どんなことをしても忘れる事の出来ないその名曲。まさかこのような事で昔を懐かしむ事になるとは。

 

 思い出して6の段を当てはめて口ずさんでみました。

 

 ろくし~ちしじゅうにっろくはしじゅうは~ち~

 

 ろくっくご~じゅうしっ

 

 ・・・・合わねえぞコレ。

 

 何か違う何か違う。

 

 そう思って今朝、冗談抜きで忙しい仕事の合間を縫ってグーグル先生に「九九」を調べて貰いました。

 

 すると営業中にもかかわらず、思わず大声を上げそうになる大発見をしてしまいました。

 

 検索結果「九九のうた」

 

 全身の毛穴と言う毛穴が開くのが分かる。何と言う事か。やはり私の感性と似たような人間はこの世には多く存在する。

 

 今日と言う日が「世界が私を認めてくれた日」と言う記念日になってしまった。

 

 興奮冷めやらぬまま、とりあえずYOUTUBEの「くくのうた」と言うページを開きます。

 

 初めて講習に行った時と同じくらいの速さの鼓動が体中から伝わってきます。

 

 そしてその歌のテンポがどことなく私の作曲したものと似ているのに少し喜びを感じましたが、その後はなんか著作権を侵害された気分になって来る不思議。

 

 しかし本題はそこじゃないぞ広観。

 

 そんな私の中でのドラマを知る事無く、くくのうたは4の段に突入していきます。

 

 ししじゅうろく しごにじゅう

 

 ドクン

 

 しろくにじゅぅし ししちにじゅうはちっ・・・・

 

 ドクン

 

 しはさんじゅうにっ

 

 がーーーーーーーーーーーーーーん

 

 マジかオイ。

 

 この瞬間から私の中でのドキドキはドクドクへと変貌を遂げて行きます。

 

 無情にも流れているくくのうた。5の段を歌うお姉さんも「ざまあみろばーか」と私を下げ荒んでいる感じでした。

 

 そしてそのまま問題の6の段突入。

 

 ドクン

 

 ろくいちがろく ろくにじゅうに ろくさんじゅうはち

 

 ドグン

 

 ろくしにじゅうし ろくごさんじゅう ろくろくさんじゅうろく

 

 ドグンドグン

 

 ろくしちしじゅうに ろくはしじゅうはち

 

 ドゴン

 

 ろっくごじゅうし

 

 ドゴーン

 

 バゴーーーン

 

 いよっしゃぁ。

 

 もう何が何だかわからない。けど兎に角良かった。

 

 そのまま勢いで裏の従業員室にダッシュ。友達からのLINE「ディズニーツムツム」のハートを受け取っていた妻を抱きしめ一緒にワルツを踊ってしまいました。

 

 また一段と大きな男に成長した私。なんて素晴らしい一日だろう。

 

 

 その後誰もいなくなったフロントではパソコンが一人寂しく8の段を歌っていました。

 

 はちしちしちじゅうにっ

 

 

  くくのうた

 

 5の段だけやっつけ仕事の様に一つ一つが雑に扱われているのが気になる所。

 

 余談・・どうでも良い事ですが、上の動画を見られた方。6×9が「ろっく=ROCK」と英語訳されてるのであれば、この「いんごがご」は「In Go Got Go」位に訳して欲しいですよね。 

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2014.11.21

 最近めっきり寒くなってきましたね。皆様如何お過ごしでしょうか。

 

 そろそろ車を買い換えようかと考えている斉藤です。なかなかブログ更新できなくてまいっちんぐマチコ先生です。

 

 先日の日曜日、娘の7歳の七五三に伏見の城南宮に行ってまいりました。

 

 当日、朝からお店に来て妻が着付けを、そして私が日本髪を結わせて頂きました。

 

 

 もうすでに仕上がっている写真しか無くてスミマセン。

 

 

 髪飾りは十数年前に私が日本髪のコンテストで使用したものです。

 

 

 馬子にも衣装って奴ですね。口紅が赤すぎて嫌がってました。

 

 

 中々に恥ずかしいらしく顔を撮らせてくれませんでした。

 

 そしてこの後外環状線にある「カメラのキタムラ」店内の「スタジオアリス」にて写真を撮ってもらいました。

 

 

 実は私、東京にいた頃「ホテルラフォーレ東京」と言うホテル内の美容室で婚礼にも携わっていたので日本髪が少し結えたりしちゃいます。

 

 

 そしてその後母と5人で伏見の城南宮にて七五三。天気も良く最高のお参り日和でした。

 

 

 

 

 やはり日本髪に結ってる女の子は珍しかったのか結構な方々にちやほやされる娘。

 

 

 息子は着いて早々爆睡してました。

 

 

 

 その後お宮に入り御祈祷をして頂き、無事7歳のお参りが終了。その後宮内の御庭をしばらく散歩してから帰路につきました。

 

 

 

 

 実はこの七五三の前の日に「永遠のゼロ」と言う映画を見たのですが、人が一人大人になるのって本当に色々な人達の尽力があってこその事で、特にご先祖様に対して感謝の気持ちを持たないといけないと感じた所だったので、今回の七五三は一層感慨深いものになりました。

 

 いつも家でくだらない事をややらなくていい事をやって怒られたり弟を泣かせたりと賑やかで陽気な娘。

 

 この間までは何をするにも家族単位で行動していたのに、知らない間に一人歩きをし始めてどんどん私たちを驚かせてくれるようになりました。

 

 御祈祷中、神主様からの言葉にあったように健康でスクスクと成長してくれている事に本当に有難うと思いました。

 

 皆様の「キレイになりたい」という想いで私達は生活が出来ています。

 

 七歳になった娘は、皆様のその思いが無ければここまで成長は出来ていなかったと思います。

 

 これからも娘に思い出を沢山いただいて、出来る限り一緒に成長して行けるよう頑張って行きたいと思いました。

 

 栞さん、これからも宜しくお願いしますね。

 

 

 ってキレイに〆たかったのに上の写真挿入して驚愕。この写真妻と私身長同じに見えるやん何故だ。

 

 名誉の為の予備知識はコチラ → 私166cm 妻158cm

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2014.11.13

 英国紳士とは上品で教養があり礼儀正しい男。紳士」とは本来はジェントルメンGentleman )の訳である。ジェントルマンイギリスにおける歴史社会階層である「ジェントリ」に由来する。「ジェントリ」とは厳密には貴族と異なる称号を有する地方階層をであるが、後に貴族階級、中産階級を含めて、「統治階級にふさわしい教養と徳性を身につけた男」してジェントルマンと呼ぶようになった。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 結構な英国紳士レベルを持つ男斉藤です。

 

 突然な始まり方になりましたが皆様もKY、所謂「空気を読む能力」と言うのをお持ちになられている事と思います。

 

 そのKYとよく似た能力であるのがES。つまり英国(England)紳士(Shinshi)力。

 

 私も長い美容人生の中で一瞬の大切な判断を迫られることが多々あります。そう言うときに必要なのがこのES能力。

 

 この英国紳士力が少しだけ発達していたおかげで様々な場面で問題を回避してこれました。

 

 例えばお客様の来店時。

 

 「いらっしゃいませ。〇〇様いつもありがとうございます。ではお上着をお預かりしますね」そういってお客様の上着を預かった時に内側のタグの部分に何かの紙切れが付いていた。

 

 普通なら「なんですかこれ」なんて言ってお客様に確認してしまったりすると思います。

 

 しかしとっさに「クリーニングに出したばかりだな」と判断する私。

 

 何事も無かったかのように「お預かりしまーす」と言って上着を預からせて頂き「どうぞ奥のシャンプー台へ」と誘導した後普通にシャンプーを始めます。

 

 そして首にホットタオルを乗せるや否や「しばらくお待ちください」と言ってその隙にフロントへいき早業でクリーニング札をはがす。

 

 英国紳士ですから当然です。

 

 例えばシャンプー中

 

 両手を動かしていると勢いでシャンプーの泡が私の顔にめがけ、しかも鼻の穴を覆うように飛んできた。

 

 普通なら手を止めてタオルで泡を落とすでしょう。

 

 しかしとっさに「白鳥は水面では華麗に泳ぐ姿を見せるもの」と自分に言い聞かせる。

 

 お客様にその事件の事を悟らせないようそして何より手を止める事無く「今日はお仕事忙しかったのですか」等とお伺いを立てます。

 

 本当は息が苦しい、鼻が痒い、何より気持ち悪いし格好悪い。しかし紳士はスマートに振る舞う。

 

 これも英国紳士なら当然。

 

 その他にカット中に指を切ったり、パーマ中にゴムが切れて自分の顔めがけて飛んできてメッチャ痛かっても同様な処理をするのが英国紳士。

 

 この間なんか満員のエレベーターの中で娘がオナラをしてしまい、咄嗟に「ごめんしーちゃん。お父さんオナラしちゃったよ」なんて紳士って娘にあとで感謝状を貰ったくらいです。

 

 そんな英国紳士である私に最近超難問が叩きつけられました。

 

 夕方ラストの20代後半のお客様のカット中。

 

 色々とお客様の趣味の話を伺ってから、ふと会話が途切れで静まり返ったサロンの空気の中、その音は突然空を切り裂くように聞こえてきました。

 

 

 ぷう

 

 

 一瞬心臓の鼓動と呼吸が止まったのを感じた私。今の音は確かにこの白いクロス(お客様にかけるケープ)の内側から聞こえてきた。

 

 まさかとは思うがこれは放屁。

 

 聞き間違いかもしれない、しかし万が一本物だったとしたらお客様も「うわまずい出ちゃった。聞かれたかなドキドキ」なんて事になっているかも知れない。

 

 ここは英国紳士発動。

 

 この間約1秒、とっさの判断で横にあるカルテに目を通したふりをして、何かを思い出したかのように私の口から出た言葉

 

 「そう言えば〇〇様、先日いらしたときにお仕事でも同じ趣味の方がいらしたって話してらっしゃいましたよね。」

 

 何も聞こえてなかった英国紳士ぶり発動。

 

 するとお客様も何事も無かったかのように「ああ良く覚えていてくれましたね、それなんですが・・」

 

 と話を続けてくださいました。よし視界良好オールクリア。

 

 その後しばらく話が盛り上がってきて何事も無かったかのように楽しい時間が過ぎて行きました。

 

 しかしカットが終わりかけて話の合間の静かな時間に、又奴の声が聞こえてきたのです。

 

 

 ぷう

 

 

 えっ・・・・

 

 流れる様な勢いで同じように聴こえてなかったふりをする私。ひょっとしたらお客様は今日お腹の調子が悪いのかな。そう思いながら鏡を覗き込んだのですがお客様は別段普通の表情をされてました。

 

 せめてこの場が3人。3人なら「誰の仕業ゲーム」として盛り上がったりすることも出来るのでしょうが、2人の場合もう断定しかできないのが辛い・・・

 

 しかしそこは紳士。水面でもがく足のバタバタは微塵も感じさせず又何事も無かったかのようにクロスを外して「では一度シャンプー台で流しますねー」と席を誘導しました。

 

 そして席を横に倒した瞬間。止(とど)めの

 

 

 ぷう

 

 

 むう・・・。

 

 クロスを外して篭(こも)る事も無くなり自由になった奴は、無情にもその声をサロンに轟かせました。

 

 英国紳士的限界点。

 

 もう・・・ダメか。

 

 「あの・・・・〇〇様。一度席を起こしてお手洗いに行かれますか。」

 

 「えっ大丈夫ですよ。なんでですか。」

 

 「いや、今私の勘違いかも知れないのですが、何やら音が腰のあたりから聞こえてきた気がしたので。」

 

 「えっ」

 

 ぷう

 

 二人を丸裸にする仕上げのぷうが鳴り響き、ごそごそとズボンを触るお客様の口から出た言葉

 

 「ああ。これですねスマートフォンですよ。スミマセン。」

 

 えっ

 

 「ラインのグループチャットの音。勝手に盛り上がってるみたいですね。」

 

 なんですって。

 

 ぷう

 

 それが着信音ですって。

 

 ぷう

 

 その後、ずっとその音が気になってい旨を伝えた私に対してお客様は心広く笑い話として楽しく答えてくださいました。

 

 取り敢えず私の早とちりに終わって良かった。

 

 しかしここでも普通なら「そんな紛らわしい着信音やめてんかーい」って突っ込むところなのでしょうが、そこは英国紳士。すべての原因は自分にあるのです。

 

 そもそもお客様達がオナラなんてする訳がない。お客様を最後まで信じれなかった自分が悪い。

 

 そう解釈しました。

 

 英国紳士力。これからもどんどん培ってまいりたいと思います。

 

 余談ですがそれ以来、自分のLINEの着信音も「ぷう」にしたのは言うまでもありません。

 

 なぜなら英国紳士ですから。

 

 

 ぷう

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2014.11.12

 お久しぶりでございます。皆様お元気でいらっしゃいますでしょうか。

 

 ようやくお店のクリスマスイルミネーションの飾り付けが終わりホッとしている斉藤です。

 

 今回、かなり久しぶりのブログになってしまいましたが、11月の頭の連休で家族で兵庫県の三田(さんだ)に旅行に行って来た時の事をアップさせて頂きます。

 

 日曜の初日。朝8時半に家を出発して向かった先は「有馬温泉」でした。

 

 1時間程で有馬温泉街に到着。しかし温泉に入ると思いきや、私の希望でずっと見に行きたかった「有馬玩具博物館」と言う温泉街のど真ん中に位置する夢いっぱいのワクワク施設に向かいました。

 

 

 ここには世界中のレトロなおもちゃが展示されています。

 

 

 まず初めに建物の3階に登り「世界のブリキのおもちゃ」を見に行きました。

 

 

 鉄道模型コーナーには、鉄男でなくても感動するようなアンティークで精巧な玩具が数百対飾られていました。

 

 

 全てショーケースの中のモノですが、見てるだけでドキドキするような素晴らしい作品。欲しい・・・

 

 

 こちら直径10センチほどのフィギア。

 

 

 こちら、日本のブリキのおもちゃコーナー。多分1体数十万円はすると思います。

 

 

 鉄男の息子は(主にトーマス)「シュッポみるぅ」と鉄道コーナーの側を離れようとしませんでした。

 

 

 こちら4階のヨーロッパを中心とした「オートマタ―」からくり玩具コーナーから。

 

 

 それぞれが木箱の中に入っていてボタンを押すと、とても人の手で作られたとは思えないような楽しい動きを見せてくれました。

 

 

 そして5階。ここは現代のおもちゃコーナー。息子が一番喜んでました。

 

 

 しばらくして「ヨーロッパのおもちゃが何故楽しいのか」という展示を始めてくれました。聞き入る妻と息子。

 

 余談ですが、私の大好きな趣味の「ドイツゲーム」もこの「ヨーロッパのおもちゃ」の中心的なモノになります。

 

 「例えば日本に「積み木」というおもちゃがあります。日本の積み木はほとんどが「四角」や「円柱」の様な当たり前ですが「積みやすいモノ」になっています。

 しかしドイツを中心としたヨーロッパの「積み木」は複雑な形をしていて、ただ積むだけ、と言う様な遊び方ではなく、人それぞれにアイデアあふれる遊び方が子供から大人まで楽しめる様なつくりになっている。」と説明を始めるインストラクター

 

 

 そう。私のドイツゲームが好きな理由は正にそれ。誰しもが楽しめるオシャレなおもちゃだからです。

 

 

 こんな風にも積めるこんな風にも詰める、と説明を続けるお兄さんの話に聞き入る妻。

 

 

 そしてこういう状態から

 

 

 このようにドミノの様に遊べたりもするんです。

 

 

 展示の後、しばらくこう言った「ヨーロッパの積み木」コーナーに人だかりができてました。

 

 

 こちら日本の「木のおもちゃ」。パズル的なモノが多いですね。

 

 あと余りにも興奮しすぎて写真撮り忘れましたが6階が「ドイツの伝統玩具コーナー」でした。

 

 そしていよいよ最後に私の目的だった「直輸入された余り手に入らないドイツゲーム」が販売されているお土産コーナーに。

 

 

 スタッフの知る人ぞ知るドイツゲームの世界大会で3位になった「高橋さん」と色々と情報を交換して見事日本では手に入らない直輸入のドイツゲームを2つゲットしました。

 

 

 高橋さんにドイツゲームを紹介され「これ持ってる、家にある奴や」と得意げになって高橋さんに相手してもらう娘(と息子)。

 

 

 高橋さんと2ショット写真を撮ってもらいました・・・けどしーちゃん(娘)ぶれ過ぎや。

 

 

 その後、店の前にある「足湯」にて博物館で疲れた足を癒します。

 

 

 博物館と温泉まんじゅうを十分に堪能してから次に向かった先は「しいたけ園有馬富士」と言うバーベキュー施設。昼食タイムです。

 

 

 大体1か月前辺りに予約しておけばオッケーな感じでした。私達が選んだのは「しいたけ狩り&魚釣り」特別バーベキューセット。

 

 まず最初に魚釣りに行きました。

 

 

 産まれて初めて魚釣りをする子供達。って堀に入れ食い状態で養殖されている魚をイクラを使って釣るだけなので、言わば疑似体験ですな。

 

 

 子供たちは結構楽しんでました。

 

 

 で、大小一匹づつの魚をゲット。この後そのままバーベキューにして食べちゃいます。

 

 

 厨房に魚を持って行ってからしいたけ狩りです。

 

 

 かなり大きめのしいたけが探せばゴロゴロと出てきます。

 

 

 あまりに大きなしいたけが多かったので食べきれないと悪いと言う事で控えめに採りました。

 

 

 その後ログハウスにて炭火焼でバーベキューです。

 

 

 このしいたけが絶品で妻と「もっと採っておけばよかったね」と軽く後悔。

 

 

 さっきまで生きていた魚を前に少しおっかなびっくりな娘もパクリと行ってました。

 

 その後、しいたけ園の近くの「有馬富士公園」と言う所に遊びに行き自然を満喫してから三田ホテルというビジネスホテルにチェックインしました。

 

 ホテルには大浴場が無かったため夕飯がてらにこれまた近くにある「熊野の湯」というスーパー銭湯で疲れを癒し1日目を十分満喫。

 

 2日目。

 

 ホテルのビュッフェで朝食を済ませてからホテル近くの三田プレミアムアウトレットの横で行われていた「木下大サーカス」を朝一で見に行きました。

 

 

 写真はサーカス内は撮影禁止だったため隠れて撮ったこの一枚のみ。

 

 途中、息子がさぞ喜んでくれるであろうと勘ぐっていた「猛獣ショー」で残念ながら息子は爆睡。

 

 空中ブランコで一度アクターが落下してしまう、というハプニングはあったものの、サーカス内容は数年前と比べてとてもエンターテイメント性が向上しており、「シルクドソレイユ」のようなとても楽しいモノでした。

 

 その後お昼前にあらかじめ予約しておいたこれまた近くにある「キリンビール神戸工場」に工場見学に行きました。

 

 

 月曜の祝日だけあってかなりの人が見学に来ていましたが、ひょっとすると予約しなくても見学だけは出来そうな感じでした。

 

 

 しばらくして見学ツアーが始まります。

 

 

 ホップや麦を手に取り勉強していた娘。そしてその横でホップを辺りにぶちまけてキャッキャと喜んだ小悪魔な息子。

 

 

 生憎機械類は祝日の為運転を休止していたのですが見学者を楽しませる工夫があちらこちらに設置されてありました。

 

 この後最後にビールの試飲が待ち構えているのですが

 

 

 ご覧のように私はノンアルコールと涙を飲む事になりました。

 

 最後の辺りでツアーコンダクターの方から「美味しいビールの注ぎ方」を教えて貰える際、勢いよく立候補しました。

 

 

 成程。泡のきめの細かさは注ぎ方だけでかなり変わるモノですね。

 

 その頃、横で妻が「利き酒」ならぬ「利きビール」を始めていてすっかり顔が赤くなっており、残念ながら私のこの美味しく注げた一番搾りは飲めずにそのままゴミ箱へ直行しました。

 

 その後、「丘の上のレストラン」(激混み)で昼食を済ませてから本当はアウトレットでモンクレールのジャケットを見たかったのですが子供たちが疲れ切っていたので早めの帰路につきました。

 

 帰りは渋滞する事もなくおよそ1時間程で自宅に到着。

 

 ここの所第1第3の日月連休が多く、家族で出かけられることが多かったのでとても幸せな時間を過ごすことが出来ております。

 

 皆様から支えられながらこうやって時間を頂けることに感謝して、これからも人生楽しんでまいりたいと思います。

 

 

 

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2014.10.30

 「ほいっとよいっと」とは

 

 京都市山科区で行われている地域祭り「山科祭り」にて行われている神輿の掛け声。4年前程「わっしょいわっしょい」から「ほいっとよいっと」と言う勇ましい掛け声に変わる。

 古くはおよそ300年前、京都市内の高瀬川(木屋町横)の水路による運輸(伏見~京都間)にて当時の働き手たちが荷物の積み下ろしの際に掛けていた掛け声「ほいっと」が由来とされている。

 「よいっと」は合いの手による受け側の声で「よいしょ」から来ているとされている。

 又、漢字で書くとほいっとは「祝人」(祝う人)と書き縁起の良い言葉からきているとも言われている

 尚、神輿の先頭付近で日の丸の国旗が描かれた扇子を振っている氏子がいるが、由来や由縁は一切なくただ単にノリでやっているだけ。

 

         ---三之宮神輿会副会長 タケシ君よりーーー

 

 

 

 

 私たちの住む愛すべき街山科。

 

 秋になると毎年行われている「山科祭り」での神輿の歴史はとても深く長いモノ。

 

 上記にある様に掛け声も独特な勇ましい言葉になり、御神輿の担ぎ方も「ただ担いで回る」だけでなく、パフォーマンスをしながら緩急をつけて練り歩く、と言うものになりました。

 

 今回の御神輿の氏子(担ぎ手)で30数年前に「山科祭り」に参加された事のある久しぶりな方達に聞いた所、「以前の御神輿と全然違って活気もあるし何よりも楽しくなった」と言われていました。

 

 そう「楽しい」。神輿の魅力の全てがこれだと思います。

 

 前置きが長くなりましたが、要約時間が少しできたので今回は10月の第3日曜日に行われた「山科祭り」の神輿に参加した際の事をブログりたいと思います。

 

 何の事か分からない方は

 1 以前のブログを見て頂く或いは「ほいっとよいっと」で検索を掛ける

 2 心を改めて山科の事をもっと深く愛し直す

 

 どちらかを処方下さい。

 

 

 10月19日(日)快晴

 

 祭り当日、朝4時半にイーグルスの「Take it easy」によって快調に目覚めた私。

 

 昨年とは打って変わって天気予報では一日中雲一つない快晴、との予報で気温も最高28度まで上がると言う事でした。

 

 前回、晒(さらし)に法被のみ、と言う服装で寒さの余りお腹を下し、踏ん張ると実が出そうになってろくに御神輿を担げなかった私は、今年は晒の上にユニクロのランニングシャツを身につけて参加する事にしました。

 

 神輿会会長であるチバチャン(ゴン中山似の男前)の計らいで、朝に奥様のおにぎりを御馳走になる為5時半に待ち合わせ場所につき軽くビールを飲み干して活気を付けて神社に入ります。

 

 

 早速受付を済ませに並びに行きますが、今回で2回目となった私にとってすべてが別世界のように輝いて見えました。

 

 「そうそう。去年はここですでに恥ずかしい思いもしたし知り合いも少なかったよな」

 

 周りを見渡すと、昨年は見なかった顔ぶれも結構増えていてどう見ても私より若いオボコい感じの人たちが目立ちました。

 

 「〇〇は御神輿どうやって担ぐか知ってる」「なんか緊張してくるな」

 

 ふっ。

 

 そんな若い声を横耳で聞きながら東野のブロックの受付で名前を伝えると

 

 「おお斉藤さん。今回もお疲れ様です。えっと・・・今年は法被(はっぴ)のレンタル無し、ですね。」

 

 「はい。持ってますから。」

 

 「あと・・・今年は肩当どうしますか。」「いりません。」

 

 肩当どうしま、位で間髪入れず不要の旨(むね)を伝える粋な男斉藤。

 

 そうです。今年の私は「氏子経験者」。ザクとは違うのだよザクとは。

 

 昨年は初参加、もしかしたら今回の一回だけで終わるかも知れないと言う理由で法被もレンタルで済ませてしまい、祭り終了後返却を迫られて寒空の中晒のみで家までダッシュさせられました。

 

 それより何より襟元に書かれてある「ナンバーリング」がとても格好悪い気がしてなりませんでした。

 

 

 初心者だった私から見ても、色々教えてくれたり見ていて担ぎ方が慣れている方たちは、ほぼこの数字が無い法被を着用されていてイナセ具合「数字の無いほうがイナセ」と言う違いが分かったのです。

 

 まあ優越感に浸りたかっただけ、とも言う。

 

 そして肩当。コレもまた私からすれば「イナセじゃない」と言う思いが強く、海で例えると「救命具を付けて波に向かうサーファー」。今から戦場に向かうから痛いの当り前なのにそんな弱腰でどないすんねん、と言う感じがしたのです。

 

 まあ格好つけたかっただけ、とも言う。

 

 そして神輿巡行の無事の祈願をすませ、隊は早速担ぎ出されていきます。

 

 例によって背の順に並ばされ左側の先頭より3番目(三枚目と言うらしい)に陣取った名実ともに三枚目な私。

 

 取りあえず妙見道(東野の通り)を曲がるまでは担いでおかないと、妻と息子が見に来ているかも知れないので、初っ端の担ぎ手に立候補させて頂きました。

 

 で。案の定少し遠くから神輿を眺めている妻と息子。お願いだからもっと近くに来といてよ。

 

 そしてまずは山階小学校前あたりで軽くパフォーマンスを披露します。

 

 以前もブログでお伝えしましたが、神輿は担ぎ手の交代のタイミングが要。途中で辛そうな顔をしている人を見つけたら間髪いれず交代を申し出合わなければいけません。

 

 しかし今回は説明があまりなかったせいか初めての参加者が多いせいか皆積極的ではありませんでした。

 

 私は慣れたものなので、出たり入ったりを早めのペースで繰り返していたのですが若い担ぎ手さん達がそんなに交代に行きません。

 

 初めは黙って出入りを繰り返していましたが、その内どこからか先輩風が吹いてきてその若者達に指導するようになりました。

 

 「ほら。もっと自分から中入らなあかんやん。ドンドン行ってや。」

 

 偉そうにも後ろから肩や背中を押して神輿のほうに押しやり始めます。

 

 若者「スンマセン。僕初めてでどうやって交代したらええんかわからんのですが。」

 

 「しょうがないなぁもう。エエか。辛そうな人見つけてその人の肩ポンポン叩いてすかさず後ろから肩入れてあげればエエんや。分かったか。」

 

 「ありがとうございます。」

 

 後ろから変わる。

 

 そしてその会話を聞いていた周りの若い子たちも「なるほど」とマネをし始めて幾分か速いペースで交代を名乗り出るようになりました。

 

 アルコール&優越感に浸り始め気持ちが高揚していくのが分かりました。

 

 その後何かあると聞いて来てくれる若い子たちに、何処が見せ場だとか担ぎ方のポイント等、昨年教えて貰った知識をあたかも自分の知識の様に休憩所で教えていると、神輿会会長からメガホンで神輿の担ぎ方について説明がありました。

 

 「えっと、もっとみんな積極的に変わってあげて下さい。」

 

 そう。俺言った通りやんほらな。

 

 「あと変わる時分かってない人いるみたいなので、説明しときますが変わるときは肩ぁ叩いて交代の合図送ってあげて下さい。」

 

 ほらな。俺のお蔭やぞお前ら。

 

 「それと肩入れる(交代する)時、後ろから入ってる人多いけど、前から変わってあげないと危ないですよ

 

 ・・・・・

 

 さあ休憩終わりだし担ぐとするか。

 

 神輿の行列はしばらくして場所を変えてパフォーマンスを繰り返します。

 

 その内、担ぎ手の数人に去年には気付かなかったある変化が現れました。

 

 それは担いでいる方の肩の出血の跡

 

 昨年は雨の為それほど目立っていなかったのですが、先頭のほうで威勢よく担いでいる氏子さんの数人の法被の肩の部分に赤いシミが出来始めたのです。

 

 シミが出来た氏子さん達は、休憩所に到着する度に周りの接待してくれる人や他の氏子に「うわっ凄いな」「どれ見せて」と取材を受け始めていました。

 

 この感覚・・・・

 

 小学校の頃、骨折してきたクラスメートのギブスに抱いたあの嫉妬にも似た感覚か。

 

 むう。

 

 血が欲しい。I need blood.

 

 それからと言うもの、パットを入れていない分、肩は相当痛いはずなのに出血のしゅの字も見せない軟弱な肩を神輿から離れるたびにめくっては確認、めくっては確認を繰り返す馬鹿な私。

 

 まだ出ないまだ出ない。

 

 お前はとなりのトトロのメイちゃんか。

 

 しまいには自ら赤く腫れている皮膚の上から爪でこすり出し、出血を促し始めた40歳。

 

 そして時間が経過していき、真っ当なルートで出血して行った「漢」と書いて「男」と読む人達の法被の肩の部分は「血小板により茶色」に染められていき、ニセのルートで出血された私の法被は「リンパ液で外周が黄色っぽくにじんだ形の悪い目玉焼きの様なただのシミ」になって行きました。

 

 その後、休憩所の度に出される接待の本酒やビール(今回は生ビールサーバーもありました)を飲みまくりながら各地を巡行します。

 

 昨年、トイレには随分苦しめられた経験のある私はその休憩所の度に小出しに用を足し、出る前の正露丸の成果もあって一日快適に氏子ライフを満喫。

 

 しかし飲み過ぎたせいで(覚えている範囲で日本酒7杯ビール10数本チューハイ2~3本)途中から担ぐのが面倒になり始めます。

 

 しかも担ぐのに慣れ始めたナンバーリング野郎達(レンタル法被)に「もっと入ってやってや」なんて背中を押され始める始末。

 

 ちょ。なんやねんお前ら。ナンバリングで出血もしてへんくせに。俺の肩見てみろコレ目玉焼き。ちょっと半熟やぞ。

 

 コレハタマラナイ。

 

 そこでうまくポジションを保つために取った行動が「会長や副会長への取材」という行動。

 

 神輿の由縁や、これからの展望など恰(あたか)も宣伝にするからと言う名目で横に付いて色々と話をしてもらいました。

 

 そして見せ場となる場所に近づいて来た時だけ「どやぁ。皆担いでるかぁ」という具合に神輿に近づいて行き急に張り切って担いでいました。

 

 そして午後一番の見せ場となる「ハッピーテラダ前」に到着。

 

 30分程前にLINEで届いた妻からのメッセージには「ハッピー寺田には見に行くので頑張ってね(ハート)」という文字が書かれていました。

 

 ここは全力。

 

 先ほどの休憩所で同級生たちの家族が子供連れで応援に駆け付け闌(たけなわ)になっている時、何とも言えない寂しさを感じた私も、ハッピーテラダさえ超えればハッピーヒロミにミラクルチェンジ。

 

 よし。全力でテラダるぞ。(※テラダる・・・テラダで頑張る氏子)

 

 しかし時間が押していた(遅れていた)せいもあって昨年より短いパフォーマンスにするとの事。

 

 短くても良い。周りより大きく動いて大きな声を上げて、頑張っている父を息子たちに見せてあげたい。

 

 親が出来る子への唯一の事は「背中を見せる」事。

 

 ほいっとよいっと。ほいっとよいっと。

 

 まわせぇ。まわせぇ。

 

 どや。お父ちゃん頑張れてるか。お父ちゃん輝いているか。

 

 ほいっとよいっと。ほいっとよいっと。

 

 まわせぇ。まわせぇ。

 

 神輿はなぁ。一人の力でやるもんやない。皆の力があってこそなんや。

 

 ほいっとよいっと。ほいっとよいっと。

 

 結局担いでいる間にはチラ見こそすれど必死過ぎて愛する妻子の姿を確認できなかった私。

 

 しかし家族と血の繋がりはそれ以上のものがあると信じていました。

 

 やがてパフォーマンスは終了し、ビールを探しにテントに行くとそこに妻と娘の姿がありました。

 

 「おお。いとったんか気付かへんかったわ。」

 

 流れる汗。切れる息。

 

 汗が目にかかってうっとおしいけどワザと拭かずに頑張った感もマックスに見せる心遣い。

 

 そして探しまくっていたのにイナセに振る舞う私に妻から出た驚愕の言葉。

 

 「お疲れちゃーん。蒼衣(息子)がウンチ踏ん張ってて行きたくな~いって言いだして遅くなって今着いたの。」

 

 ・・・・・

 

 「だから肝心なところ見てないんだ。御免ね。」

 

 去年とおんなじやないけ。

 

 結局今年も昨年と同じく、家族に迎えられるどころか突っ込み倒す結果になり私のテラダは終わりました。

 

 しかし丁度この日、店で展覧会が開催され、朝からずっとお客様の相手や裏方の仕事をこなしてくれていた妻。来てくれただけでも感謝です。

 

 その後4時前に三之宮神社に到着して最後のパフォーマンスを力の限り担ぎまくります。

 

 途中神輿会会長(チバチャン)からメガホンで

 

 「どや。お前ら。もうしんどいかぁ。もうやめるんかぁ。」

 

 と言う風に担ぎ手たちを煽(あお)る言葉がかけられ、皆からは

 

 「まだまだぁ。やれるでぇ。」

 

 という威勢のいい声が上がっていましたが、私はそれを聞いて

 

 「チバチャン(会長)はSやね」と言う感想と

 

 「笑福亭鶴光さん元気かな」という山科の神様に恐ろしく失礼な事を考えていました。

 

 しかし最後のパフォーマンスを終えて本当に気持ちの良い感覚が身体の中を流れていくのが分かり、その後の祭りの無事を祝った祈祷での儀式が終わったあとの充実感は今年も半端ないモノでした。

 

 普段は仕事や家族の為に一生懸命難しい顔をしたり疲れた疲れたと嘆いている男(父)たち。

 

 この日だけはそう言った損得勘定、或いはしがらみ等を超えて「山科の活気づけ」や「体が動かせることの感謝」だけの心で精一杯力を出せる一日になるのです。

 

 家に帰り足袋を脱ぎ、法被と木股を外して晒を取り、半裸状態で鏡を眺めると中年になった私の身体が見えました。

 

 いつもは目を瞑(つぶ)りたくなるこの体も今日だけはとても感謝の気持ちでみれます。

 

 来年も絶対担ぎたい。

 

 そう思いながら身に着けていた装束に一礼をしてお風呂に入りました。

 

 そしてその夜、声を掛けれられていた打ち上げの時間、爆睡してしまっていて参加できなくるほど深い眠りに入ってしまい翌日友人に怒られました。

 

  山科の神様。

 

 今年も一年無事に過ごさせて頂いて本当に有難うございます。

 

 チバチャンを始め同級生で神輿を担いでいる皆。

 

 こんな貴重なイベントに声を掛けてくれておおきにです。

 

 これからももっともっと山科を盛り上げていくため、そして何より自分たちが輝き続けていける為、健康に気を付けて頑張って行きましょう。

 

 肩の傷は祭りの勲章。

 

 なんかちっちゃい皮膚がめくれた跡がありますがそれはさて置き、この時代に生きていられている事に感謝してこれからも人生楽しんで生きたいと思います。

 

 

 

 写真は昭和49年生まれの同級生たちで撮った最高の写真。皆エエ男でしょ。

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