やましなす皆様。連投すみませんけど赤だし大好き斉藤です。
気が付くと最近息子の事ばかりブログにあげていたので久しぶりに違う人の事を書いてみます。
本日は妻の誕生日。毎年この日だけは優しく接しようと心に決めています。
今年は12月に行われる「三代目Jソウルブラザーズ」のコンサートチケットが当選したので、それが誕生日プレゼントでいい、と妻から言われました。
しかしそれだけだとどうもプレゼントするとしてはプレゼントをした気にならなかったので、1週間前に家族でヨドバシカメラに行った時に、妻だけ単独で行動してもらい、その隙に内緒で子供たちと結託してプレゼントを購入しました。
しかし、それを自宅に持って帰るや否や、息子が「はいこれおかあさんのやで。おたんじょうびのやつ。」と早速ばらしてしまい、激怒する娘を静止ながら1週間前倒しで止む無くプレゼントを妻に渡し、サプライズは無くなりました。
その様な経緯があって本当の誕生日である今日に何も出来ないくやしさから、私はいつも妻が朝にバタバタとしている家事を内緒で全て終わらせておくという3番目のプレゼントを用意する事にしました。
日課になった洗濯物を干し終わり除湿機をつけ、目覚ましをセットして午前0時に一度起床してラインでおめでとうメールを送り、再び目覚ましをセットして4時間後に起床しました。
明かりをつけるとバレる恐れもあったので、暗闇の中乾燥が終わった洗濯物を畳み終え、音が出ないようにコロコロでリビングを掃除。
お風呂場の足ふきマットを掃除してお風呂とタイルを磨き、ゴミを簡単にまとめなおしました。
そんなこんなで目が覚えた私でしたが、要約睡魔が6時頃襲って来てくれ再び目を覚ますと時計は7時を回ってました。
勿論私をご存知の方なら既にお分かりかと思いますが、妻を喜ばすというより全て自分の満足感を得るために行った行為です。
眠そうな私に感謝の言葉をかけてくる妻でしたが、私の心は無情にもそれを聞きながら「流石俺」という自負のみの感情になっていました。
お誕生日おめでとう。どや。あんたの旦那はちゃんと誕生日覚えてるやろ。
今日だけは優しく、いつもの様に鋭く突っ込んだり上げ足取ったりしないようにしよう、という決意を笑顔に変えて妻の「ありがとう」の言葉に答えました。
「まあなんか気まぐれで、いっつもやらへんから別にええし。」
そう言いながらアイスコーヒーを飲むために氷を取りに立ち上がろうとしたその時、妻が息子の保育園の「プールカード」に今朝の体温(平温じゃないと入れない)を書くために日付の欄の前でボールペンを止めてそれを見ながらこう言ったのです。
「ああえっと。今日何日だっけ。」
流石の私も突っ込まずにはいられず、今日だけはほにゃららと言う誓いを最速で無きものとしました。
今年度一年もどうぞ人生をお楽しみください。25歳のお誕生日おめでとうございます。
先日、夕飯を食べた後リビングでくつろいでいると
今年で5歳になった息子が突然こう言いました。
おとうさぁん
あんなぁ
アオクンときどきなぁ
おもうことがあんねぇん
ひとってなぁ
いったいどこからきてなぁ
どこにいくんやろうなぁっておもうねん
刹那、軽い金縛り状態になりました。
私は何と答えるのが彼のためになるのか考え
唇に力を込めてから口を動かし、こう答えました。
その答えを探すことこそが人の一生や。
すると彼はフーンと答えて、口にくわえていた空になった
歯形だらけのパピコをテーブルの上に置いて
口の周りをティッシュで綺麗にしてから数秒した後
再び口を開きました。
おとうさぁん
アオクンなぁ
ちっさいからまだこたえわからへんねん
だからなぁ
おとうさぁんアオクンがいくところなぁ
ちゃんとおしえてなぁ
今となっては、彼がその時にどう思って
その言葉を発したのかは分かりません。
ただ言える事。
親というものは、いついかなる時も子供の問いに対してだけは
誠実に真剣に耳を傾けて答えを出していかないといけない。
その時、もしいつも妻にしているように
適当に右から左に流しながら聞いて
あいまいな答えを出していたらどうなっていたのかと考えて
背筋がゾッとしました。
夏休みに「ポケットモンスター」という映画を見に行き
途中で感動のあまりに大声で号泣したせいで
上映終了後に沢山の人達に頭をなでてかわいがられた息子をもつ男
うしろの百斉藤でした。
いつも当たり前のようにあるモノ。いつも当たり前のようにそばに居てくれる人。
例えばそれがうっとしい存在であっても、無くなると何故だか胸が苦しくなります。
初めは「なんだこれ」から始まりました。
いくら記憶を辿っても身に覚えがなく、そっと目につかないようにしました。
しかし次の日、再び彼女は私の目の前に現れました。
以前とは違うヘアースタイルと同じようなアンニュイな目つきで。
怖くなってすぐに又そっと目につかないようにしました。
次の日もその次の日も、彼女は別人のようになって私の目の前に現れ続けました。
そんな事が2週間ほど続きました。
程無くして苛立ちを抑えきれなくなり、躍起(やっき)に彼女を遮(さえぎ)る私。
いつしか私の心を憎悪だけが支配するようになりました。
そんな彼女が急に私の前から姿を消しました。
ホッと胸をなでおろし、久しぶりに清々しい朝の目覚めを迎えました。
そして静かに時が流れ、3日が経ちふっとある感情に気が付きます。
何だろうこの胸の奥の寂しさ。
あれだけ嫌がっていたのに、いつの間にか彼女に逢えるのを心のどこかで楽しみにしていた自分に気が付きました。
もう一度会いたいな。
そんな彼女が今朝再び私の元に帰ってきてくれました。
おかえりなさい。
ごめんよ。もう二度と消したりしないから。
今日の貴女はどんな貴女になって私の前に現れてくれるのか、そういった考えに。楽しみに変換してこれからは大事にとっておきます。
知り合った記憶はやっぱりない。
だけどもう、認めはしないけどブロックもしない。そんな関係であり続ける事を心に誓いました。
と言う事でこれからもよろしくお願いしますね激安贅沢コピー品LINEさん。
LINEをやっていない方には一体何のことかわからないブログ内容になってしまって申し訳ございませんでした。
出来ればこの気持ちを松○一代さんに(逆バージョン)伝えてあげたくなった男斉藤でした。
いつもオーキニーをご利用いただきまして有難うございます。
以下の日程で夏季休暇を頂いております。
8月22日(火)~8月24日(木)
お客様方にはご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします。
先日25日は息子である蒼衣(あおい)の誕生日でした。
一体誰に似たのか成長するにつれて日に日にくだらない事しかしなくなっています。
ご存知かもしれませんが私の名前は広観(ヒロミ)と言います。
小学校の頃、この親につけてもらった女の子のような名前でよく弄られました。
「おーいごうひろみー」
「お前と小泉(仮)がけっこんしたら二人ともまったく同じなまえになるなぁ」
子供の頃、とても嫌いだったこの名前も私と言う個性を作る上で、とても大切な要素である事を理解でき、大人になるにつれ大好きになっていきました。
世間で良く「おんなっぽい」とか「女々しい」と言う言葉が使われています。
私が東京で働いていた頃、美輪明宏さんに教えてもらったことがあります。
「男とは傷つきやすく優しくデリケートな生き物。そして女とは強く前向きでさっぱりしている生き物なのよ。だから女々しいという言葉は間違ってるのよ。」
私はその言葉にいたく共感を覚え、自分の女性的な名前は本当は強さの象徴であるように思え、自分にもし息子が出来たら同じように女性っぽい名前を付けてあげたい。いつの日からかそう思うようになりました。
妻の名前である「さおり」の韻を踏んで、女性のようにたくましい名前、と言う事で「あおい」と名づけました。
7年前に、大阪のとある先生に見てもらった時、こう言われました。
「斉藤さん。あなたの背中に息子さんがいらっしゃいますよ。」
その当時2人目を考えていなかった私には衝撃過ぎる言葉でした。
「来年の夏ごろ、その息子さんがお二人(夫婦)の間に誕生して、大きくなるにつれ貴方の職業である美容師を目指すようになります。ですのであなたはその事を頭に置いて仕事をして行かれた方がいいですよ。」
信じられない話でしたが先生に言われたようにその年に子供を授かり、翌年の夏に息子が誕生しました。
私はこの出来事を通して「すべての出来事には自分が考えなくても考えすぎてもなるようにしかならない。」ケセラセラの精神を受け入れられるようになりました。
勿論宗教はやっていませんし、麻薬も所持していません。
果たして本当に息子が美容師を目指すようになるかどうかは分かりません。先生のおっしゃったことは偶々だったかもしれません。
ですが何事も、無いと思うよりはあると思った方がその先に楽しみが出来ます。
私も美容室を経営するなら、その先にまだまだ何かがあると思って仕事をした方が楽しみが持てました。
息子はこの先大人になったら、LDHに入るでしょう。山科の議会議員に立候補して富き〇おさんの地位を脅かす存在になるでしょう。リーゼの宣伝に出るでしょう。
それらを経てから万が一にでも美容師を目指す決意をしたときに、親として何かしらの足跡を残してあげておける事も必要な事だと考えます。
蒼衣君。
くだらない事やつまらない事にこそ反応しながら大きくなってください。
先ずは第一歩。寝る時のおむつを一刻も早く外せるように。お父さんはこれからも応援してます。
と言う事でこれからも人生楽しんでください。お誕生日おめでとうございました。