ご無沙汰しています。太郎君の奥様とお子様がウィルス性の風邪をひいたということで「無事な旦那である君が二人を看病してあげなくてどうするのか」と言う理由で、「早く帰ってあげなさい」と言ってあげた優しい男斉藤です。
私には誰も言ってくれないんですけどね。
ここ最近子供たちの行事ごとが多くなって全くブログを更新できずにいました。と言う事でお手柔らかにお願いいたします。
信頼や信用は手に入れるまで大変時間のかかるものです。しかし無くすのはとても簡単。
一瞬、チョットした事で今までは何だったのかと疑問を覚えるくらい簡単に無くすことが出来ます。
私には高校の頃から親しくしている家族ぐるみの友達がいます。
その友達には二人の娘がいて、昔から私にとてもなついてくれていて、特に下の子(妹、現在15歳)は自分で言うのも何ですが大変信頼してくれていました。
両親に聞けない事や、社会に対しての疑問、初恋の相手など色々な事を相談して来てくれて、その都度私の出した答えや話に対して「ヒロミ君って本当に何でも知ってるんだね。」と尊敬のまなざしをくれていました。
昨年、色々頑張ったご褒美にストレートパーマをかけてあげた所、その尊敬のメーターがマックスを超えたらしく「スーパーカリスマ物知り美容師」として、殿堂入りする勢いで認定してくれたそうです。
先日その家族とたこ焼きパーティーをしました。
たこ焼きが終盤に差し掛かった時、友人が唐突にこう言いました。
「そうや。アヒージョしよか。」
たこ焼き機を利用して最近有名になって来たオシャレな感じのするイタリア風料理をしようとの提案でした。
「おっいいねぇ」「わぁオシャレじゃん」
友人と私の両妻も何だか賛成の様子。私も何となく提案に乗りました。
友人の奥さんに持ってきてもらったオリーブオイルを使用後のタコ焼き器のくぼみ等を、十分に綺麗にしていないままにドクドクと入れ始める友人。
私「おい。そんな並々と注いでええんか。」
友「なんでぇ。これくらい入れな全部浸からへんやろ。」
心配する私を他所に上機嫌な友人は、冷蔵庫の氷を作るかの如く瞬く間にタコ焼き器を油まみれにしてから、その穴に「早く目が出ろ柿の種」とポトンポトンとニンニクチップを入れ始めました。
因みに友人のタコ焼き器ですが、結婚式の二次会の大抽選会で、景品として最初の方に用意されるようなチープな作りのタコ焼き器で、私だったら恥ずかしくて絶対に家に置いておかないタイプのモノでした。
私「アヒージョってどれくらいの温度でやるんか知ってるんか。」
友「知らん。ていうかこの機械温度調節出来ひんし。」
私「唐辛子とかはないんか。確か入ってへんかったけ。」
友「ええねんてヒロミ。これで絶対全然うまいねんて。」
昔から口うるさい私を物ともせず、全ては心の決めたままにマイウェイを突っ走る友人。そうこうしているうちにタコやレバー、ウインナー等がドンドンと油風呂の中に投入されていきました。
それを見ていた友人の奥さんも期待に胸を膨らませとても嬉しそうでした。
この時、この光景を見ている大人4人のうち正しいアヒージョの作り方を理解している人は誰もいませんでした。
私がアヒージョの作り方に疑問を抱いているのをみて、友人の子供で私を尊敬しているであろう子も「ヒロミ君の言う通りの方がええんちゃうかお父さん。」と心配そうにしていました。
そして数分後、鉄板に変化が見え始めます。
最初の犠牲者は斉藤家の娘でした。
娘「アチッ」
何か目に見えないものに攻撃された娘は、肘の部分をこすりながらのぞき込んでいたタコ焼き器から体を離し体制を整えました。
友「大丈夫かしーちゃん。気をつけな跳ねる事もあるからな。」
そう言いながらウィンナーをひっくり返そうと近づけた千枚通しを持つ友人の手を、野犬の唸り声のようにチチチと威嚇している油に若干の危険を感じる私。
さすがにこのまま続けると良くない事が起こりそうで忠告はしたのですが、実の娘が自分より友人である私の言葉に耳を傾けようとしたのが気に入らなかったのか、友人も「お前はこのタコ焼き器を馬鹿にし過ぎてる」と益々引き下がらなくなり、ババンババンバンバン(風呂入ったかぁ)状態のタコをひっくり返していきました。
ぱちん。
弾ける音がすると同時にタコやニンニクが飛んできました。
「うおっ。」
その合図を待っていたかのように、鉄板の上の穴と言う穴が奴に続けとドンドン弾けだしました。
ぱちん。ばちん。ばちーん。
「うおっ。」「あひぃ。」
胡坐(あぐら)をかいていた私達の皮膚に、容赦なく油と共に弾けまくり攻撃してくるお祭り状態の具材たち。
たこ焼き気が置かれた透明のテーブルの上は、例えるならドンパッチを食べた口の中・・・いやハウス食品のアメリカンポップコーンパーティーのような状態でした。
火ぃに近づぅけてっ。良っく振りまぁしょうっ。
私「あっひぃ。」
パチン。バチン。バキン。ドカン。
友「ヒロミ、いや誰か電源止めてくれ・・・・ってあっちぃ。」
友人の娘「ちょっとやばいってこれ。アカン退避せなアカン。あおちゃんコッチ来ぃや・・あっつぅ。」
妻「きゃーあっあひぃっ。」
阿鼻叫喚も甚だしい。
何度か手を伸ばすものの、煮えたぎる油達の勢いはすさまじく、コンセントの元栓を抜きに行くという簡単な答えを導き出すのに時間がかかってしまいました。
私の頭の中で踊りまくる、銀色の服を着た上目遣いの西田ひかるさんとは打って変わって、目の前で広がる野外フェスの後の観客席のような光景に少しの間、皆の時が止まりました。
タコやウィンナーをしっかり水を切ってから投入したのかお前ら。
そもそも食材を一通り茹でてないとそらそうなるのではないか。
静寂の中、私の耳元に山科の神様が囁いてました。
油が付いた腕の部分をこすりながら友人がクイックルを無言で取りに行き、与えられた処理アイテムを各自が黙って一枚ずつ手に取り、ギトギトになったリビングの床と透明のテーブルを静かにふき取る作業が始まりました。
私は、この静寂を何とかして良い思い出に変えるため、流れを変える最高の言葉を探しました。
私「なるほどな。」
何事かと皆が私の方を振り向いてくれたのを横目で確認しながら、作業の手を止めることなく考え抜いた言葉を、皆に見える方の顔の部分だけどや顔にしてから口にしました。
私「みんな油であひぃ、あひぃって叫んでたけど多分、こうやってアヒィジョが誕生したんやろな。」
はぁ。何それ。つまんねぇ。
私の思惑とは裏腹な周囲の冷めた反応に、小声でつぶやく程度にしておいて良かったな、と後悔と恥辱の念と戦いながら油をとっていると友人の娘がこう言いました。
友人の娘「うっわヒロミ君・・・ってつまんない大人やったんやね。なんか残念やわ。」
こうして私は、友人の子との間に15年間少しずつ積み上げてきた、大切な、二度と手に入れられない何かを失いました。
後日彼女に送った「この間の夜はありがとう」というラインの返信は未だにありません。
皆様も子供との会話の中での発言には十分にお気を付けくださいね。
ほいっとぉよいっとぉ。やまっしぃなすっとぉ。御機嫌よう皆様。
オーキニー通信「秋号」を完成させ、要約時間が出来て太郎君をディスる事で毎日ストレスフリーな時間を過ごしている男斉藤です。
毎年10月の第3日曜日に行われる「山科まつり」の東野にある三之宮神社から出る御神輿担ぎの日までいよいよ一カ月を切りました。
毎年、祭りが終わってからレポートのようにブログを書いていたのですが、昨年は御神輿の前後に私生活の方でかなりバタバタとしていて、しっかりお祭りに参加できていませんでした。
その体(てい)で偉そうにブログを更新してしまうと、一日中一生懸命に担いでいる氏子さんに申し訳なく思って、昨年は書けませんでした。
で。今回は主構を変えて祭りが行われる前に少しでも多くの人に興味を持ってもらおうかと、カメラに収めた祭り(神輿)の画像で祭りの一日の流れを紹介してみたいと思います。
4時半起床。妻に晒(さらし)を巻くのを手伝ってもらい5時過ぎに三之宮神社前の同級生である神輿会会長の別宅に集合。各々法被や晒(さらし)の着替え等をさせて頂きます。
奥様からの朝ごはんのおもてなし。ねぎらいのオムスビと具沢山の豚汁が絶品。毎年御馳走様です。
その後程無く酔っぱらってから三之宮神社にて出向き受付をすませてから手ぬぐい(鉢巻)と木札を貰い境内にて御神輿に宮様を迎え入れるための儀式と巡行の無事をご祈祷していただきます。
お神酒で体を清めます。
ご祈祷中。ピリッとした空気が流れます。
7時宮出。担ぎ手はあまり沢山引っ付いて担ぎに入ると前の人の足を踏んでしまったりして危険なので人一人分は間を開けます。
巡行途中、民家や町内の方から奉納品があるのでその都度、神輿を止めて柏手(合いの手)や軽いパフォーマンスを行います。
会長「ほいっとよいっと。」皆「ほいっとよいっと。」
町中に響いているメガホンの声の主、神輿を先導する会長。
道幅に余裕があったり、通行車や人に迷惑をかけないところだとこのように神輿を担ぎあげて景気よく神輿の飾り(鈴の音)を響かせます。
「さし」(さしあげ)と言います。手の空いている人は内側に入ったり外側から担いでいる人の腰を支えてあげます。
この状態で思い切り御神輿を揺するので結構足元の踏ん張りが大変。
写真で見るよりかなりハードです。
手首に巻いているサポーターは「手甲」といって手首の関節を守るもの。名入れの人は神輿慣れして自分専用のモノを作って所持している歴戦の勇者。
山科団地の裏道。御神輿は台車に積んで進んでいます。
山科団地で午前一番のパフォーマンス。肩に担いでステップを踏んだりジャンプするのでかなり激痛が走ります。
担ぎ手だけではなく、周りの世話係や役員さんも神輿が方向を失わないようにリードしたり修正したりでかなり気が抜けない状態が続きます。
神輿がかなり斜めになっているのですが、撮り方も斜めなので画像を傾けて見てみて下さい。
山科団地でのパフォーマンスの後。生ビールやおつまみ、パンなどの差し入れが本当に有り難い一瞬。
二年前から巡幸コースに含まれるようになった「香東園やましな」。
午後一番の見せ場である、渋谷街道京都銀行付近に移動。
見物の方や関係者で一番人口密度が多くなる場所。ここで六所神社の神輿とかち合います。
三之宮神社の氏子は背中の文字が「三」六所神社は「若」。
先端と殿(しんがり)の部分の担ぎ手はいかに揺するかの勝負。片足でステップを踏みながら力の限り動きます。周りの人もドンドン交代で入ってきてくれます。
神輿本体の近くの人はただひたすら耐えるのみ。殆ど誰も代わりに来てくれません。
両方の画像の足の踏ん張り方を見てもらうと分かると思います。
ちなみに神輿の担ぎを交代するときは、交代してあげたい人の肩をポンッと叩いてから、その人の前に回って交代してあげる意思を伝え交代してもらう人は、「よろしく頼む」と言う意味合いで背中をグイッとするのが礼儀。
交代が上手くいくとこのように自然と笑顔になります。
お昼休みの場所である「西野公会堂」お昼ご飯を食べる前にご祈祷があります。
隣の神輿は一緒に回っている三之宮の子供神輿。
少しだけ御神輿についている見事な装飾を載せておきます。
この青い立ち上がった紐等は全て神輿会のメンバーが土台無し紐だけで立ち上げて組み立てているそうです。
青い法被を着ているのが子供神輿の担ぎ手と付き添いの役員さんたち。
3年生の頃の斉藤家の娘です。
間に大人が入っていますが、立派に子供達だけで担いでいます。
16時30分頃。三之宮神社に帰って来た子供神輿。
宮入の際はとにかく最後の力を振り絞るのと、ギャラリーが家族や関係者ばかりなので皆が我先に格好良く見せるためにかなり迫力ある掛け声と動きになります。
無事終了。肩も腫れあがり気力も体力もゼロに近くなっているのに、何故だかとても清々しく心から「神様が近くにいらっしゃる」という何とも言えない透き通った気持ちになれる瞬間。
祭りがあった次の日から、4日間位シャンプーがきつくなって「来年はやめとこう」と毎年思うのに、近づいてくるとワクワクしてくる、そんな素敵な時間が今年ももうすぐやってきます。
興味を持たれた方、見に来るだけでも大変価値のあるモノですので是非一度見に来てくださいね。勿論担ぎ手としても大丈夫です。
本日も一日皆様お疲れ様でした。そこにしびれないし誰にもあこがれられない男斉藤です。
お陰様で要約ぎっくり腰が落ち着いてきてコルセットを外せるようになりました。
腰が治ったら真剣に運動開始かジム通いをしようと考えていました。
そんな矢先の事。
先日久しぶりに友達3家族でカラオケに行きました。
そしてカラオケ中、左手の側面部分を骨折しました。
歳は取りたくないものです。昔はカラオケ中に骨折する事なんてありませんでした。
ギックリ腰が治った途端のポッキリ指に久しぶりに心底へこんでいます。
なのでヘアエステ後の肩へのマッサージ技「必殺オーキニーゴートゥーヘブン」が出来なくなっています。誠に申し訳ございません。
因みに一般業務であるシャンプー他の技術や、その他の47のマッサージ技(「オーキニー奈落落とし」含む)は大丈夫ですのでご安心ください。
と言う事でお客様にはご迷惑をかけるレベルではないので大丈夫なのですが、これからはもっと自分の身体の健康状態と真剣に向き合って行きたいと思います。
皆様もカラオケ中は十分にお気を付けください。
やましなす皆様。今日は記念日です。
思い起こせば11年前の本日、オーキニーは誕生しました。
毎年誰にも知られることなく独りで飲んでいた今日でしたが、先ほどまで太郎君(雄琴の暴れ馬)と一緒に飲んでいました。
太郎君ありがとう。
太郎君が来てくれたお陰で、妻と言い合う内容が幅広くなり、論点の焦点をぼやかせるようになりました。
太郎君が来てくれたお陰で息子のポケモンの知識が広がりました。
お陰で、自分の存在価値を肯定して貰える快感を思い出させて頂けました。
益々ギャグに磨きをかける努力ができそうです。
これからもどうぞオーキニーとオーキニーの大切なお客様達を宜しくお願いしますね。
とりあえず膀胱が破裂しそうなのでダッシュして帰りたいと思います。
斉藤でした。
ありがとうね。
おはようございます。昨日、42歳にしてついにギックリ腰デビューさせて頂きました。
長時間の運転。デブりすぎinサマー。そして妻の実家で取れた大量の果実を無理して運んだのが原因と思われます。
と言う事で現在、今まで知る事が出来なかった「お年寄りの方の歩行及び諸動作の大変さ」を勉強させて頂いております。
腰を曲げる前にカップラーメンにお湯を注ぎ、そこから再び伸ばし始めると丁度麺が食べごろに茹で上がってます。
麺をすするのにも急ぐことは出来ずファーストフードも自然とスローライフスローフードを強要されます。
姿勢をきれいに見せるためモデルのように一本線の上を歩く事よりも、肩幅に開いたスタンスで一歩ずつ、いや半歩ずつゆっくりと踏みしめながら歩くことの大切さが分かります。
少しの段差が、まるでインディージョーンズに出てくるような谷底の如く、飛び越えるのに勇気がいりゲオにCDを返しに行く距離(約200m)でも大冒険。かなりの体力と精神力を消費します。
カバン等の手荷物は体の横線より後ろ側で持たないと比重が偏り、万が一ひったくりの餌食になっても追いかける事など不可能で、余程の心の広さを持っていないと人とすれ違う事すら恐怖心との戦いになります。
うっかり掌から落ちてしまった小物類を拾ってくれた妻に感謝の言葉が自然と出てくる自分に気づき、小さな親切が大きな幸せを作ってくれている事も知れました。
「お婆ちゃんどこにいってたの」
「うんにゃ。ちょっとダイマルまで買い物に行ってたんよ。」
こういった日頃の何気ない会話の中でも、人生の大先輩の方々は本当に色々な喜怒哀楽を乗り越えながら毎日が長い旅路。ダイマルのスタンプをもらうのにも命がけなのです。
今日も家に帰ると子供らから「お父さんうんこもらしたひとみたい。」「ちゃうでゴリラやゴリラ。」と言われる事になると思いますが、これも大切な経験なので有り難く過ごさせていただきたいと思います。
オーキニーの内装を手がけて下さった作見さん。床やトイレにバリアフリー対応の設計の提案を下さって本当にありがとうございました。いつも「お客様のために」と思ってしていた行動も全て自分のためになっていたという深い勉強をさせていただけた男斉藤でした。
とりあえず一刻も早く完治させたいと思います。腰って大切なんですね。