be ru ~あの時代の味を忘れない~

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2026.04.19

 ピンポーン。ちょっとお姉ちゃん出てくれ。え~もう。

 

 ・・・・・お父さん、山科の黄色い自転車乗ったポスターの議員さんが来てるよ。

 

 いや何となくは誰かは分かるけどもうちょっと伝え方あるやろ。

 

 やましなす皆様。新緑の美しい季節になりましたがいかがお過ごしでしょうか。

 

 今年は出来るだけ簡潔なブログだけをアップしようと元旦の朝自身に誓ったにも拘らず、今回すでに誓いを破ろうとしている男斉藤です。

 

 このホームページでブログを更新する事約14年。何となく始めたブログを目にして下さった事で出来たご縁から実に様々な出来事が起こりました。

 

 テレビ局からの取材依頼も5,6回。大きな出来事で言えば、関西テレビよーいどんに出演したのも元をたどるとブログが切っ掛けでした。

 

 因みに補足しておくとその話題の全ては生業とは関係の無い内容ばかりでしたけど。

 

 冒頭の話の始まりですが約半年前に営業中、山科ではそこそこ有名な人物から店に一本の電話が入りました。

 

 名前を挙げてもいいかどうかわからないのでヒントだけ載せておくと「自転車+のぼり+黄色+消防+ランニング+眉毛」が特徴の議員さんです。

 

 電話の内容はヘアースタイルの相談、ヘアケアのアドバイス、実兄の白髪の多さの謎といった私の専門分野の事ではなくやはり「過去のブログを見て連絡させて頂いた」というモノでした。

 

 ついに私のブログも政治利用される時が来たのか、と覚悟を決めたのですがいやいや何処吹く風でよくよく聞いてみると「山科を更に元気づける為に協力して欲しい」という話でした。

 

 話は変わりますが、このブログを長年見て下さっている方なら覚えている方もいるかも知れませんが、13年ほど前に「ベル復刻」と言うブログを上げた事がありました。(過去ブログ参照)

 

 幼少期の頃より、私と兄の体の細胞の大半は私達兄弟が勝手に挙げた「山科三大ソウルフード」のお陰で生成されました。

 

 東野の「バラ亭のカレーうどん」大宅の「グリルハヤシダのビフカツ」そして今回の話の中心となる過去ブログの内容の元西友南ジャンボ一番街の「焼きそばベルのスペシャルダブル」。

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 焼きそばベル。

 

 写真提供は我が親友牛乳が飲めない牛乳屋の亀井氏。

 

 今回はそのブログが元で発展してしまった出来事(現在進行形)の内容となります。

 

 そのブログにも載せさせていただきましたが、恐らく昭和40~50年代生まれの山科国道付近で青春を謳歌した人であれば一度は目にした耳にした更に口にした事があると思われる伝説のお店焼きそばベル。

 

 ひょっとすると山科にそれ程ゆかりの無い方もいるかも知れないので、簡単に説明させて頂くとこの焼きそばベルの焼きそばは焼きそばではありません。イヤ焼きそばなんですが。

 

 上手く言えませんが例えるなら「天一のこってり」がラーメンではなく独立したジャンルとして認識されている事と似た感じで焼きそばでは無く「ベルの焼きそば」なんです。

 

 私の乏しい語彙力だけだと伝わりにくく偏向があるかも知れないのでGoogle先生にお願いして過去の口コミを抜粋してみました。

 

 証言1「ここの焼きそばクセになってます。あのタレがいいのか麺がいいのか自分でもよくわからんのですけど一度食べたらやめられなくなって。昼に西友で買い物すると引っ張られるようにこのお店の前に来てしまいます。」

 

 証言2「ここの大将が焼く焼きそばは単なるソース味ではない、他に何かで味付けをしているがそれが何かは分からない。でもすごく美味しいし他では食べたことの無い不思議な焼きそば。私の中ではB級グルメの頂点に君臨する。」

 

 証言3「私のいつもの注文は「スペシャルダブル」大きな皿にキャベツなどが中心となったサラダがドーンと乗って、そこへ焼きそばがドカーンと盛られる。そばは太めでしっかりした歯ごたえ、思い出すだけでたまりまへん。」

 

 多分食べた事のある人はこの口コミを見たら唾液と共に勝手にあのスパイシーさが行方不明になっている素晴らしい味つけの麵の香りが口内に蘇り、煙がモクモク立ち上がった厨房で大将が大量の汗をかきながら鉄板に向かっていた姿を思い浮かべられるのではないでしょうか。

 

 残念ながらそのベルは大将が体調を悪くされ約19年前にお店を閉められました。

 

 その後私の同級生のベルを愛してやまない男数人がベルの焼きそばを未来の地域と子供達の為に残すべきと「レシピを教えて欲しい」と直談判しに行ったそうですが、大将に頑なに断り続けられたそうで断念。終には後継を育てる事無く他界されたので現代では二度と食べる事が出来ない幻の味となってしまったのです。

 

 自転車で黄色くて消防団の議員さんの話は「山科を更に活気付ける為に斉藤さんのベルの記憶(味覚)を貸して欲しい」というモノでした。

 

 過去のブログには盛って記載したのですが、白状すると実は焼きそばを食べていたのは週2では無く月3位。

 

 高校を抜け出して行ったのではなく部活帰りに食べに行った(どうでもええ)ので、私如きがそんな山科民の大勢が待望する失敗の許されない夢のような巨大プロジェクトの協力者になれる訳がない、と思い私など比にならない「ベル愛」を持った同級生を紹介する事にしました。

 

 でお役御免と思ったのですがのぼりのマラソンマンの方から「いや斉藤さんもお願い」と言われたので止むを得ず喜びと不安が入り乱れる心情のまま謹んで承諾させていただきました。

 

 そんな私の出来る事と言えば小回りを利かせる事くらいです。

 

 同じくベルを愛して止まなかった知人達を頼り、神保町でおばんざいやをしている同級生(ミシュラン掲載店)の料理人に連絡を入れ再現してもらい、その情報を元に自分でも色々作ってみました。

 

 「いやこの味は違う」は沢山あるのですが「そうこの味や」は一向に現れませんでした。

 

 業務スーパーの焼きそばがベルに似ている、と聞き休みの度に伏見や六地蔵の業スまで焼きそばを求め彷徨しました。

 

 そんなこんなで議員兼消防団の方が指示してきた「第一回ベルの焼きそば復刻会議」なるものの日程になり、外環沿いの小綺麗なカフェで初めてプロジェクトの主要メンバーの皆様と顔合わせする事になりました。

 

 カフェのオーナーで料理を担当して下さる説明上手な可愛らしい店主さん。

 山科で有名な走る熱血府議会議員さん。

 AIを駆使するフレスコ本部のお偉いさん。

 山科に特化した観光会社の社長。

 地元愛が強すぎるスマートなコンサルの社長さん。

 行動力が尋常ではない不動産会社の敏腕女性マネージャー。

 超有名ホテルのソムリエをされている可憐なホテルウーマン。

 因みに私の同級生は多方面に渡り会社運営を手掛けている多才な経営者です。

 

 私。ただのブログ書いてるだけのオッサン。やれるのかオイ。

 

 昔30年前くらいまで外環五条の西友で夏祭りを開催していたのを覚えている方がどれくらいいるでしょうか。

 

 昭和のよき時代。幼かった私を含む我々山科民にとって松崎しげるランクの芸能人が来てくれるこの西友や刑務所、ヒカリヤの夏祭りは夏のビッグイベントでした。

 

 その西友の夏祭りを若干規模は縮小しましたが昨年夏に私達2人を除く先ほどのメンバーが中心になり、西友の東側「旧トップセンター」の通りにて20年ぶりに復活させてくださったそうです。

 

 今年、その夏祭りの看板商品として地元の人に愛され続けた幻の「ベルの焼きそば」を復刻させたい。そういった熱い心のぶつかり合いから成る会議は年代や性別と言う垣根を超え陶酔議論されました。

 

 話を続ける中で考察は進み「店内に置かれていたモノ」や「厨房の様子」から皆の意見で仮説が纏まり始めます。

 

 頭の中の霞掛かっていたセピア色のモヤが、皆の熱気によって着色され出し懐かしい風景が記憶の中で蘇り唇がベルの味を欲し始めました。

 

 たっぷり使用されたラードでつやつやになる唇。サラダドレッシングの残り液と混ざると皿まで食べたくなる絶妙にマッチする焼きそばの弾力。大将の尋常では無い汗。年季の入った鉄板にしかだせない立ち上がる水蒸気と独特の香り。レトロで味のある二人掛けのテーブル。

 

 女性二人による手際よい調理により主となるソースや隠し味的な調味料を変更しながら次々と試作品がテーブルの前に運ばれました。

 

 舌と記憶だけを頼りに一口食べては他の人の顔を覗き込み、お互いの表情を確認し合う時間は、まるで自分が松田優作か石坂浩二にでもなったかのような錯覚を覚えるくらいで、他の人と感想が一致する度に脳汁出まくりです。

 

 誰にもわかってもらえないと思いますが敢えて書かせていただくと、常時「ダッシュレーサー100」のCMの鶴田真由と大沢たかお状態でした。

 

 その後第2回会議に向けても考察は進み、当時の関係者となんとか連絡が取れないかと発起人であるコンサルの社長さんとマネージャーさんがSNSで方々に発信。

 

 そこから多くの不明確な事柄を含む多数のベル信者より情報が寄せられました。

 

 豚肉は腕肉っぽい。肉は豚じゃなく牛。ラードは使ってない。ナポリタンも注文出来た。カレーがあった。マヨネーズが入ってた。ドンドン情報が上書きされていきました。

 

 我々も実際に当時のベルの味付けに似ている店舗の情報を入手して各々でそこまで足を運び実際に試食。延いてはレシピを教えてもらったり調理を盗み見して情報を持ち寄りました。

 

 そんな中、ジャンボ一番街の近隣にお住まいで親しかった人物が現れ、実際に一緒に働かれていた大将の奥様とも連絡が取れそうという所まで発展。

 

 そして先日第2回の会議が行われたのですが、そこで発表されたのが「当時大将から唯一許しを得て実際に焼きそばを焼いていたバイトの男性と連絡が繋がった」と言う驚きの新展開を迎えました。

 

 ベルの大将は単なる汗っかきの休憩大好き人ではなく(良く外で休んでいる姿を見かけた)妥協を許さず追及するこだわりの職人で、そんな人から調理を任される程の男性なだけあり、現在は京都で優良企業に選ばれる会社の社長をされているご立派な方だという事。

 

 その方と答え合わせが繰り返され十分な裏付けを取った上で開かれた第2回ベル会議はかなりの進展を得ました。

 

 更になんとその方が特別に次回ベル会議に参加して下さることになり、更に夏祭り当日実際に焼きに来てくれるかもしれないという鳥肌モノの約束を交渉して下さったとの事で一同大いに盛り上がりました。

 

 今現在ベルの焼きそばの復活度は体感75%。恐らくですが次回会議で確実に85%には達すると思います。

 

 言うまでも無くそのうち私の功績は1%も入っていません。

 

 ですが何でしょう。凄いカッコいい話だと思いませんか。

 

 エエ歳した中年達が寄って集まり、本気で楽しく向き合ってる姿。みんな目が少年少女の様にキラキラしてる。

 

 くだらない大人の道楽かも知れません。その根底には勿論「もう一度青春の味を楽しみたい」というモノがあるのですが、それ以上に「素晴らしい伝統を沢山の人達に伝えたい」と言う純粋なボランティア精神があるのです。

 

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 このポスターは昨年のトップセンター夏祭りの物ですがこのイベント開催でさえ途方もない予算や時間、沢山のマンパワーが必要な事だったと思います。

 

 うちの通信で毎号に載せてる「なんつったってIloveやましな」にしょっちゅう書いてますが、出来上がった街よりこれから出来て行く町を自分たちの時代に住みよい場所にしていきたい。

 

 私は主に口だけ番長ですが、それを実際に行動に移し地で行っていらっしゃる人達がいるのです。

 

 先日の会議の終わり際に黄色い眉毛の議員さんからこんな言葉を聞きました。

 

 斉藤さん僕はね昭和が大好きなんですよ。

 

 へえそうなんですか、と答えました。ホンマはマジすか僕もなんですわ。と答えたかった。

 

 けど試食焼きそばで腹張ち切れそうだったので早く外の空気が吸いたかったし長引くとマラソンに参加させられそうな流れだったので軽くしか返せなかった。

 

 昭和。素晴らしい時代ですよね。

 

 様々な職業の人が一つの目標に向かって一所懸命に知恵を出し合い不確かな物に彩や形を付けて行く。

 

 そこで生まれたモノが沢山の人に笑顔を届けることが出来るかも知れない。

 

 最近色々な会議に出させて頂いて居ますが、その中にいると「世の中には変な事件があったり心の荒んだ人がいるって聞くけどそんな人何処にもおらんやん」としか思えなくなります。

 

 気が付くと長いブログになってしまいましたが、今年の8月末に開催予定の「トップセンターの夏祭り」

 

 飽くまでも「○○風」ではありますが、食べた事のある方は記憶を懐かしみああでもないこうでもないと自分と向き合う時間及び思い出と語り合える時間が。そして食べた事の無い方は「こんな味の焼きそばがあったんだ」と味覚と人生に新たな感動と思い出を作れることになるでしょう。

 

 舌に残る愛しい味よ忘れかけてた懐かしい味。

 

 未だ予定がたって無くて興味のある方。今年の夏の思い出に是非「幻の焼きそば」の味を求めてトップセンターの夏祭りに行ってみてください。美しすぎるほど忘られぬ味ですから。

 

 sugar sugar ヤーヤープティシューもう一度味わえたら pleasure pleasure ラーラーブーレーブーいつの日にかまた

 

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 地蔵盆

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