左親指と久保田先生

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2020.05.10

 やましなす皆様。皆様の事ですので上手に工夫しながら毎日過ごされている事と思います。

 

 頼まれてもいないのにお客様に脇腹を触らせて「引き締まったでしょう」と自慢しまくっている、ユニクロでタンクトップを購入した男斉藤です。

 

 以前こちらのブログで「OBS久保田先生」というブログをくだぶらせて頂いたことがあります。(クリックでジャンプします)

 

 私が長年お世話になっていて絶大な信頼を寄せているのがこの山科の歯科医師さんである「久保田先生」。

 

 先日以前より予約をとって頂いていた虫歯の治療の日がありました。

 

 こういうご時世で、且つ自信が接客業で保菌者かも知れない、という不安から診察に伺わせていただく前にご迷惑になるなら日を改めます、と連絡を入れた所快く受諾して頂いたので治療に行けることになりました。

 

 やりとりのライン

 

 治療当日、出来得る限りの策を施そうと私はスマートフォンにとあるアプリをダウンロードする事にしました。

 

 そのアプリがこちら。

 

ピンポーン

 

太鼓はさておき

 

 なんじゃこりゃとお思いになられた方もいると思いますので簡単に説明をさせて頂きますと、これはパーティーのクイズなどで使用する「正解」「不正解」つまり〇×を音で表すアプリです。

 

 右側の〇を押すと「ピンポーン」左側の×は「ブッブー」という音が出る。それだけのアプリ。

 

 入院後すぐに助手さんと先生が受付で挨拶に来て下さったので、マスクを外す前にお二人を引き留めました。

 

 「先生今日はよろしくお願いします。あとご相談なんですがこのアプリを使用させて頂いてもよろしいでしょうか。」

 

 なんだなんだと不思議がる先生に続けて説明しました。

 

 「奥様(歯科衛生士さん)にもお伝えしたのですが、私が先生方にうつしたら一生涯後悔するので、今日は一切口からの息を発しません。ですので「はい」という返事の代わりにこれを鳴らします。」

 

 ピンポーン。

 

 「そして「あっやばい。」や「苦しいもうやめて」等の非常事態の時は」

 

 ブッブー。

 

 「これを鳴らします。よろしくお願いします。」

 

 マスクの下でどういう表情をされているかハッキリとは分かりませんでしたが、少し気味悪がってそうな歯科助手さんと大袈裟ですよと爽やかに笑い飛ばす先生に案内されて診察ベッドに横たわりました。

 

 先生がいつものようにメス(ドリルかも)を砥石で研ぐような音が聞こえて来て、いつものように頭の中で昔話の「三枚のお札」の山姥(やまんば)が隣の部屋で私を喰おうと準備している風景を思い浮かべながら最後の確認をする為に、少し首を上げてお腹の上の手に握られているスマフォに目をやりました。

 

 よし右手の指のこのへんが〇の場所。んで×は左手の指のこのへん。

 

 返事をする時に見えなくても感覚で画面を押せるよう、そして間違った音を出さないよう何度も何度も押す練習をして位置を確認しました。

 

 そして心の中で試合開始のゴングが静かになりました。

 

 そのまま上九一色村の製造工場にでも入っていけそうな完全武装した出立(いでたち)の先生が私を不安にさせまいと色々気を使って話しかけて来てくれました。

 

 ピンポーン。

 

 歯科助手さんのクスッという薄ら笑い越えと共に聞こえてくる先生の乾いた笑い声。

 

 先生「こんなアプリもあるんですね。相変わらず斉藤さんは色々考えますね。」

 

 ピンポーン。

 

 よし。全ては私の計画通り、と我ながら自分の努力を誉めてあげたい気持ちになりました。

 

 いつものように奥歯に全く痛みを感じさせない麻酔針が撃たれました。

 

 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。

 

 「流石先生今日も全く痛くないですよ。という時はピンポーンを3回連続で押します。」と伝えておけばよかったと後悔しながら、「想いよ届け」とばかりに○ボタンを連打しました。

 

 何となく伝わったのか先生は全てを諭(さと)したように

 

 「大丈夫なようですね。このまま麻酔が効くのを少し待ちますね。」

 

 と言ってくれ、本当にこの先生にずっと任せて来て良かった、どうせ死ぬならこの先生の腕の中で死にたいと心から思いました。

 

 麻酔が効き始めてギュイーンとドリルの回る音が骨を通して私の体に伝わり始めました。

 

 しかしここで私に若干の異変が同時に起こり始めました。

 

 ずっとお腹の上でスマフォを両手で包み込み、いつでも〇×音を正確に出せるように指をセットしておき続けていたのですが、使っていない方の左手親指、つまり「×」の部分の指が攣(つ)りが始めました。

 

 今にもプルプル震えはじめそうな親指の付け根。しかし我慢しないと×の位置から指が離れて目標を見失ってしまう。

 

 私は自分で自分を奮い立たせようと○ボタンを押しました。

 

 ピンポーン。(頑張れ自分)

 

 痛くないですかと確認していないタイミングなのに鳴った正解音に先生は「そうですか大丈夫ですか」と優しい声をかけてくれました。

 

 そしてそのまましばらくして、授業中にオシッコを我慢していた所で言う第2波に襲われました。

 

 これはやばいと見えないながらも左親指を画面から離そうとしました。

 

 治療は大詰めを迎え歯間の繊細な部分を削ろうとしていました。その刹那。

 

 ブッブー。

 

 ハタと手を止める先生と側で私の唾液やらなんやらを吸い取ってくれていた助手さん。

 

 先生「了解です。」

 

 プルプルが我慢できなかったんです、なんて伝える事は勿論不可能。私は謝罪の念を込めて右手をスマフォから離し、左手を高々と上にあげて「グッジョブ」のような形で親指を立てて残された右親指で〇ボタンを二回押しました。

 

 ピンポーン。ピンポーン。

 

 目を開けて口を大きく開けたまま顎を引き、先生に頷いて見せてもう一度〇を押しました。

 

 ピンポーン。

 

 「もういいですか。じゃあもうちょっとなんで頑張ってくださいね。」

 

 違うけどとりあえず意図は伝わったと思いながら、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 

 しばらく事なき時間が経過して、途中で一度我慢できないくらい鼻の穴がかゆくなったのですが、先生に「何回もブッブー鳴らしてコノ根性無し野郎が」と思われるのを避けるため、伸びそうになる左親指を制止して必死にこらえました。

 

 「はい終わりました。」

 

 先生の掛け声と共に診療が終了し、いつものように助手さんが私が起き上がるのを手伝う為背中を持ち上げ補助して下さったのですが、その手の温もりはいつものソレより少し冷たく感じました。

 

 起き上がって籠の中の手荷物を探りマスクを口にかけ、助手さんと先生に謝罪し診療中に私の中で行われていた葛藤を簡単に説明した所、二人とも「すべてわかってますよ」的な笑顔を目元で見せてくれました。

 

 その後受付でお会計を座って待ちながら「なんでこんなアプリ使おうと思ったんだろう」と自らのスマフォのアプリを悲しく眺めていました。

 

 もう起動する事は無いな。そう思いながら画面の上部にエクスクラメーションマーク(ビックリマーク)があった事に初めて気が付き、これなんだろうと削除する前に軽く押してみました。

 

 チャチャチャンッ。

 

 静かな待合室で突然鳴り響いた予想以上の大音量の「オールスター感謝祭」のような効果音は、隣にいた見知らぬおばさんを驚かせるには十分すぎる大きさだったようで久しぶりに他人にメンチをきられ(にらまれ)ました。

 

 受付の助手さんが帰り際に優しく「今度診察にいらっしゃるときにはコロナ収束してくれてると良いですね。」(もう二度とそのアプリは使わなくて済むと良いですね)と声をかけてくれ、オマケに電解水という口の中のウィルスを殺してくれるうがい薬をプレゼントしれくれました。

 

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 恐れて過ごす一日。笑って過ごすように努力した一日。どちらの状態で過ごしても世界は同じ一日が過ぎていきます。

 

 どうせならつぎの日の朝の目覚めの良い方を選びたいですよね。

 

 世の中では「歯科医に行くのは感染リスクが高く危険」と報道されたりしています。皆様の中にも不安になられている方がお近くにいらっしゃると思いますが、私はですが決してそんな事はないと思います。

 

 患者さん(私達)がうつしてしまう事はあるかもしれませんが、歯科医側からうつされる事は99%無いと思えます。

 

 医療関係者の方。そしてスーパーや薬局でお仕事を続けられる方々。本当に大変な時に命を懸けて働いて頂いてありがとうございます。

 

 自分に出来る事。

 

 もうアプリを使用する事はありませんが、何か違う形で声を発せず感謝を表す事が出来るよう又工夫していきたいと思います。

 

 

 と言う事で誰か手話が得意な方がいらっしゃれば私に是非ご教授ください。

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