肴やってぇ

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2014.01.08

 こんばんわ。要約少し時間が出来たので久しぶり、と言うか今年初っ端のロングブログを書かせていただきたいと思います。

 

 このお正月休みを利用して妻の実家である長野に5日間程帰省しておりました。今回はその長野で毎年行われる「荻原家(妻の旧姓)の年始会」について書いてみたいと思います。

 

 妻の実家は良く分からないのですが「旧家」で「本家」と言うものらしく、私の生まれ育った京都ではあまりよく見ない習慣や格式が多くあります。

 

 10年前に妻と夫婦になった初めての正月に帰省した時、一族への挨拶を兼ねてと言う事でこの実家で何やら挨拶会の様なモノが新年(年始)会にて一緒に施されました。

 

 実家の造りは、渡り廊下がとても広く、荻原家の先祖代々の写真が仏壇の上にズラァっと並んでおり、仏間、客間、居間などにおいては一つ一つ10畳以上の間取りがあり、ふすまを取り外すとちょっとした宴会場の様になる仕様で、まるで「サマーウォーズ(細田守監督のアニメ映画)」に出てくる旧家そのままな造りになっています。

 

 見た事の無い方のためにコチラがそのサマーウォーズからの一コマ。

 

 で、その10年前の挨拶(年始)会で度肝を抜かれた私。

 

 まず親族一同上の画像のように正座して陳列が基本体勢。その時は確か20人程いた気がします。勿論ご年配者ばかり。

 

 会の初めに本家であるお義父さんから挨拶があり、静かにお酒を注ぎ合う様な宴会が始まります。

 

 途中80がらみの着物を着たお姉(婆)さんが周りから「〇〇お姉さん、久しぶりに踊ってよ」と言う声を掛けられて「えぇ。俺(私)いいよそんな。」とか言いながらちゃっかり用意して持ってきたカセットテープ&デッキから流れる民謡の様な演歌の様な伴奏で踊り始めます。

 

 この間、どのタイミングで御膳に箸を伸ばせばいいのか汁をすすっていいのか分からず只見つめているだけの私。

 

 7割ほど宴会が進むと今度は「詩吟(しぎん)の先生」と言われている叔父さんが、これまたお義父さんの司会により一同静粛にされた後にとてつもなく大きな声で詩吟られます。

 

 「広観は知らないだろうけど、凄い偉い先生なんだよ」と妻から説明を受けた私ですが、勿論詩吟の事なんか一切興味ないし、大きい声だけど「ンノォンノォ」言って念仏にしか聞こえずハッキリ言って何を歌ってるのか分からないし全く楽しくない。

 

 それを聞いている最中お義父さんとお義母さんが一生懸命親戚たちにお酒を注ぎに回っている姿が印象的でしたが、この詩吟がメインイベントな感じでした。

 

 で詩吟が終わるころ、お義父さんが席について「えぇ只今〇〇さんから結構な詩吟(?)を頂きました。」とか何とか言いながら会をまとめ始めます。

 

 その一通りの流れを右も左も分からない私は、チョケる事も笑いを取る事も許されずただひたすら黙って皆様の「畑での出来事」や「今年の収穫の成果」「地元の娘さんにあった身の上話」等を聞きながら頷いているだけの時間でした。

 

 おかげで今でも実家の近所のドラ息子がカンボジア人か何かと結婚して都で夢破れて妻子を連れ帰って来たというハッキリ言って私の人生にとってどうでも良すぎる出来事を覚えさせられています。

 

 

 そして今年もその恒例の年始会が行われることになりました。

 

 しかし今年はどうやら詩吟の叔父さんの息子の「なお君(32歳)」という若者が新婚さんらしく、その挨拶会を兼ねた新年会として一族の会の餌食・・いや歓迎の的になるそうでした。

 

 会が始まると、皆熨斗が貼られた新年の御供え物の様な包みを手に持ってやって来られました。その中に一組の新婚カップルの姿が見えなぜかホッとする私。

 

 新婚である「なお君」はこの会にも何回か顔を出している様子で親戚たちにも面識があるので食事会の際もフレッシュな挨拶を交えながら叔父さん達と話をしていたのですが、その奥さんである「まり子さん」はずっと下を俯いてカチンコチンコになっていました。

 

 で今回の私は、その「なお君夫妻」がいる事で気持ち的にもゆとりが出来て「もう村の世間話を聞かなくて良い」という安堵感から年始会が始まってから終始ご機嫌に、若い人(なお君)達との会話を楽しんでいれました。

 

 会も中盤に差し掛かり、途中お義父さんが私にお酒を注ぎに周って来られた時に

 

 「ヒロミ君。魚やってぇ。」

 

 と声を掛けてくれました。

 

 あれ。結構お刺身食べてるのにもっと食べないといけないのかなぁ、と思いつつ「わかりました。」と返事をして食べ残っているマグロやハマチをほおばる私。

 

 そう。この時の会話が全ての始まりだったとはつゆ知らず呑気にお刺身を食べていたのです。

 

 その後伯母さんや伯父さん達とスキーの話などをして和んでいたのですが、しばらくしてお義父さんがもう一度仕切り始めました。

 

 義父「え~皆さん。そろそろ宴も酣(たけなわ)なので例によって肴(さかな)を頂戴したいと思います。」

 

 その声と同時に席に戻り正座をして姿勢を正す親戚一同。今から何か始まるようですってか肴ってナンだ。

 

 義父「え~皆さんも御存じのように今年は〇〇(詩吟の叔父)さんの息子であるなお君が会に出席しているので〇〇さんがいません。ですので今回はさおりの夫である京都のヒロミ君に、え~一つお願いしたいと思います。」

 

 え何。

 

 義父「じゃあヒロミ君から肴を頂戴したいと思います。」

 

 私「えっと。お義父さんスミマセン。肴ってナンですか。」

 

 義父「前に詩吟の先生いたでしょ。いつもこっちの新年会では中締めとして一人に歌(詩吟)を歌ってもらい、その間に皆でお酒を注ぎあいするんだよ。その時に歌(詩吟)を頂戴する事を肴って言うんだよ。」

 

 

 ナルホド・・・

 

 

 ってちょっと待ていお義父。

 

 私「え。お義父さん私詩吟とか出来ないんですけど・・・」

 

 突然のフリに対して動揺を隠せない私。隣に座っていた親戚の慎ちゃんがすかさず声を掛けてくれます。

 

 慎ちゃん「詩吟じゃなくてなんでもいいんだよヒロミ君。例えば校歌とか。」

 

 校歌って大宅小学校の校歌の事ですか。新年会で「清き岩屋を仰ぎ見るぅ」とか歌うの。長野の新年会のまだそんなに親しくもない人達の前で。美容師である私が。

 

 私「えぇマジですか。お義父さんもうちょっと早めに教えて頂いていたら心の準備も出来たのにそんな一寸待ってください。」

 

 私の頭の中で久しく使っていなかった位の速度でボキャブラリー検索フル回転が始まります。

 

 フルコーラス歌える歌って・・・急げヒロミ時間が無いぞ。

 

 18番の松田聖子はどうだ。

 田舎の親戚の爺婆様の前で歌えるわけないやろ。他にないか。

 テンポの緩い曲でフルで歌えるのは尾崎豊の「アイラブユー」か。

 アホお前、歌詞の「きしむベットの上できつく身体抱きしめ合えば」とか歌う気か。そこらじゅうにご先祖様の写真も飾ってあるし怒られるぞ。

 そんなこと言うたってお義父急過ぎやろ。

 しかし流石に校歌は歌ってられないしなぁ。

 じゃあ何歌うねん。

 

 エンジェルデビル斉藤による緊急会議が行われましたがそんな会議の事など知らないとある叔父さんから間髪入れず

 

 叔父「本当なんでもいいんだよ。なんなら関西だから面白い事やってぇ。」

 

 又何その追加ブリ。

 

 もうねそういうの辞めて。関西だから面白いとか京都だから寺や観光名所知ってるとか。

 

 益々考えがまとまらなくなった私でしたが逆KY(空気を読みすぎる)な私

 

 私「コレ時間かけちゃうと場がしらけますもんね。分かりましたなんでもいいんですね。」

 

 と言って無理やり条件の考えをまとめ上げます。

 

 条件① 長野の人でも知っている歌である

 条件② あまり長いと途中ダレるので簡潔な歌である

 条件③ やや詩吟っぽく歌える緩やかな歌である

 条件④ 爺婆にもわかりやすい歌である

 

 よし。

 

 行くぞヒロミ。あとは野となれ山となれだ。

 

 意を決して姿勢を但し顎を引き天を見上げながら咳払いを一回。そして私の口から出た歌(詩吟)

 

 

 んずぉ~すゎん んずぉ~すゎん ぅお~はなが なぐぁいのぉね~

 

 すぉ~よ くゎ~すゎんもぉな~がいのゆぉ~

 

 何の歌か分かった方いらっしゃるでしょうか。なんと民謡「象さん」です。しかも詩吟風。

 

 時間にして13秒程の私の詩吟「象さん」は、お義父さんお義母さんに「詩吟中周りにお酒を注ぎにまわる」と言う行為をするのに余りにも短すぎたようで、結局途中で慌てて自分の席に戻らせるという結果に終わってしまいました。

 

 又詩吟中、妻や妻の姉、なお君夫妻等若い連中は終始下を俯き顔と耳を真っ赤にして笑いをこらえているのが分かりましたがご年配の方たちは難しい顔をされているのが見えました。

 

 恥ずかしかろうが情けなかろうがとりあえず任務完了。これであとは町内会長のように役は当分回ってこない、とホッと胸をなでおろし取り敢えず挨拶をしました。

 

 私「皆様、何かおかしな空気になってしまってスミマセン。」

 

 義父「え~(笑)今ヒロミ君から結構な肴を頂きました(笑)今年もこれを機に荻原家の益々の発展を願いたいと思います。」

 

 対面を見ると未だ肩のあたりをぴくぴくと動かしている耳が真っ赤なまり子さんが見えました。そんな安息な景色もつかの間の事

 

 義父「それではヒロミ君に返し刀でもう一曲肴をお願いしたいと思います。」

 

 ふむ。

 

 ちょ。マジで。

 

 二回目あるのこの羞恥プレイ。いやひょっとしてのアンコール。

 

 私「ええ。まだ歌うんですかコレ。もう十分やった感がありますよ勘弁してください。」

 

 義父「いやいや。ホントなんでもいいからお願いしますうん。皆も待ってるから。ね。」

 

 そして即座に姿勢を正して目を瞑(つむ)り出す荻原家一同。もうマジで逃げ出したいッス。ここでしか言えませんが本当に心の底から嫌でした。

 

 

 

 でまさかの2回目。もうさすがに象さんは使えない中私がチョイスした歌

 

 さかなさかなさかな~魚~を~食べぇると~ あたまあたまあたま~頭~が~よくぅなる~

 

 そうです。一時期スーパーの魚屋さんで良く流れていた「お魚天国」です。

 

 理由は「魚」だから。

 

 しかも魚~くらいからなんだか情けなくなって来て何故か笑いをこらえきれなくなり、レコード大賞をとった時の松田聖子様の様な歌にならない歌になってしまいました。

 

 

 歌唱中皆の顔やお義父さんたちの動きが見えてしまうと辛くなるので今度は目をつむっての挑戦でした。途中、誰からか「くっ」「ぷっ」等と言う笑いを我慢している声が聞こえてきました。

 

 本来ならこのお魚天国「頭が良くなる」の後は再び「体にいいのさ」とBサビに突入するのですが、最後まで歌いきる自信が無かったので間を端折(はしょ)りました。

 

 よくぅなる~ 【続き】さ~あ~ みぃんなでぇ さかな~を~食べよぉ~ 魚がぼくぅらを~ 待ってぇいる~ ちぇちぇちぇちぇ 

 

 おうっ

 

 ここは長野。周りは見渡す限りの雪景色。空気は澄んで静まり返り、歴史のある旧家にて姿勢を正すご年配方の前、完全アウェイのオッサンが昼間から象さんにお魚天国を詩吟風に熱唱。これ何の罰ゲームか。

 

 もう先ほどまでの心の余裕が無く、詩吟風にもならない状態。とにかく早く終わりたかったの。 

 

 そして「ぷっ」「くっ」聞こえる中、静かに目を開けると真っ赤な顔をしたまり子さんの横で妻がお腹を抱えて泣いており、その他の年配の親戚たちも何故か下を俯いた状態になっていました。

 

 しばらく沈黙が続いて、大きく息を吐いてからお義父さんが笑いをこらえながら

 

 「ヒロミ君、いやぁ結構な肴を頂戴しました。ありがとうございます。」

 

 との挨拶があったのですが、その言葉が余りにもおかしく聞こえて一同こらえきれず大爆笑。

 

 慎「いやぁわははヒロミ君。流石だねぇ良かったよ」

 

 狙った訳じゃないから流石でもなきゃ良くもねえよ。

 

 いつもは詩吟でピシッと締めくくられている荻原家の年始会の黒歴史を作り上げてしまいました。

 

 しかしこの「肴」が終わってからは「まり子さん」に何となく笑顔が出てきた様子で結果オーライだったのですが何とも言えない気分になっていました。

 

 皆様も今後の人生の中でもしもの時が来るかもしれません。

 

 カラオケの様なハイテク機械に頼ることなくソラでフルコーラス歌える持ち歌を「アップテンポ」「スローテンポ」に分けて持っていた方がいいでしょう。

 

 もう二度とこのような事は起こらない、と言うかあってはならないと思いますが、私も念の為に現在「朧(おぼろ)月夜」の歌詞を覚えた所です。

 

 他人事だと知らぬふりを決めずちょっとだけ練習してみてくださいね。

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